きぬさや自由帳

日々思うこと、旅日記、子育てのヒントなど

いじめって・・・むずかしい 2

いじめ、どこが難しいのか?

いじめの問題は本当に対処が難しいです。とらえ方は人それぞれですから、同じ行動をとられても傷ついたと思う子や、仕方ないと思う子、気にならない子もいます。また、我慢する子も大騒ぎする子もいます。ですから客観的に見る目も大事なのです。また、一部分を見ただけでなく、前後の行動や普段の行動も把握しないと真相はわかりません。

賛否両論あるのがわかった上であえていえば、私は学校の中にカメラを設置して見える学校にした方がいいのではと思うことが多々ありました。普段の子どもたちの行動を見てもらったら、安易に他の子だけを批判したりしないのではないか、そして私たちも子どもの行動をより把握しやすいのではないかと。


いじめの多くは教師の見ていないところで起こります。言葉できちんと伝えられる子、自分の気持ちを伝えられない子、言葉の少ない子、嘘を平気でつく子など、いろいろな子がいます。それは子どもたちがみんな発展途上なので仕方ないのですが、それだから余計に真相を知るのは本当に難しいのです。ですから、いじめというものがとても扱いが難しく、ケースバイケースでみんな違うということをまず理解してほしいです。多くの教師はいろいろな仕事の中で子どもたちをより良い方向に導こうと努力しています。ただ、全部を把握するのが難しいのもわかってほしいのです。

そして、いじめられたと思って傷ついた子にも、いじめてしまう子にもきちんと指導しないといけません。いじめる子は「してはいけない。」と叱ってもなかなかやめられない事情を持っている子が多いです。私の経験ではいじめる子の方が問題を多く抱えていることが多かったです。

つまりそう簡単にはやめられない、収まらないということです。

いじめの問題は本当に難しい、というのが40年教師をしてきた思いです。

ですから、多くの大人が子どもたちの様子を見守って育てていくことが大事だと思うのです。多くの目で見られているということで、いじめを減らすことができますし、いじめられても助けてもらえるという思いが子どもたちを救うのではないかと思います。

人は自分の心が豊かな時は他の人をいじめることは少ないとも思います。寂しい思いやイライラした思い、自尊心の欠如がいじめを生み、それが広がっていくように思います。そういう意味では、いじめをする子にも救いの手を差し伸べていかないといじめは無くならないでしょう。海外のようないじめる子へのプログラムが必要ではないかと思います。

・・・つづく・・・