クラスの子どもたちは宿題をしてきますか?
中にはしてこない子もいますよね。それは子どもがさぼっているからなのでしょうか?宿題を点検しないと出さない子が増えるし、点検しても同じ子が毎日してこない。難しいですよね。
若い頃、宿題をしてこない子を叱っていました。いろいろな学校、いろいろな学年、クラスを経験するうちに、この宿題をするのにすごく時間がかかるだろうと思われる子や自力だけでは無理だろうと思われる子は、「宿題がしんどいだろうなあ」と考えるようになりました。
そんな子どもたちは実は、宿題がしたくないのではなくて、できないのではないだろうか?家庭で見てもらえる子は、それでもやれるでしょうが、手伝える家庭ばかりではないでしょう。
最近増えている「○○を調べてきましょう」「○○についてまとめましょう」などという宿題は、よほど学校で練習しないと、家に帰ってから一人でするのは困難な子も多いでしょう。一人一台PCがある時代ならば余計に、大人の方が使い方がわからないということも多いでしょうし。
真面目な子ほど、宿題をしなければならないと思う気持ちが強いので、「宿題ができない」=「学校に行きたくない」ということになりかねません。これでは本末転倒です。
学習時間にできなかったことの残りを宿題に出すこともありますよね。また、今日の復習の練習問題を宿題にということも・・・。今日の学習がわからなかった子にとってはお手上げでしょう。
イマドキは「宿題に時間がかかりすぎる」とクレームが入ることもあるでしょうが、これはある意味ありがたいことです。宿題がイヤで不登校になるより対処しやすいですから。
家庭によっては子どもへのサポートができない家庭もある、ということを考えたうえで宿題を出さないといけません。子どもによって宿題を変えるのはちょっと無理だと思うのですが、今でも多くの先生がしんどい子には少なめにする、時間を区切って宿題を出す、学校でして帰るなどの対策をとっているのではないでしょうか。
ただ、他の子からあの子だけ少ないのはずるいとクレームがつくのを恐れて、それができない先生はいませんか。「一律でなくてもよい」という考え方を教師が持っていることが大事だと思うのです。平等とは同じ量ではありません。少食の子は少しの量でもお腹がいっぱいになります。同じ量を食べさせれば良いというものではないはずです。
個人的な配慮が出来て、それを子どもたちも納得する。合理的な配慮がみんなの当たり前になるようにしていかないと、足の引っ張り合いになってしまいます。宿題がたくさんできるのは自分にとっていいことだし、自分が少ししかできなくても悪いわけではない。そんなことがわかるクラスはきっとみんなが大事にされているクラスでしょう。目標にしたいと思いませんか。