
榊原弱者救済所跡公園
大正から昭和の時代に榊原弱者救済所のあった場所の一部が、榊原弱者救済所跡公園として小さな公園に整備され、地元の人たちの尽力で榊原亀三郎の偉業が今に伝えられています。

私たちが訪れると、公園にパネルを出して説明してくださって、近くの公民館で詳しいお話を聞かせてくださいました。

榊原亀三郎の言葉
榊原亀三郎は大正末期、新聞記者のインタビューで今後の方針を聞かれると、
「方針もなにも、この世に一人の孤児もいなくなり、努力しても飯が食えない人が一人もいなくなるまで、私は淡々とこの救済事業を続けるだけです。」
また、一人の孤児もいなくなる世など、どうしたら実現できるでしょうかという問いに、
「それはお上がしっかりやってくれるしかない。お上がやってくれるまでは、孤児も生まれるでしょう。行き場のない出獄者も、道に迷う老人もできるでしょう。そんな人たちを私は黙って受け入れてゆくつもりです。
私の生きているうちに、一人の孤児もいなくなる世など来そうにないから、鴉根の丘に理想的な長屋を百軒建てて、多くの孤児や家のない人たちを引き取るつもりです。」
と答えています。

地域の方々は、「これは我々の活動の指針です」と言っておられました。
福祉の精神ってこういうことなのかなあと私も思いました。